連載 · 第6回

AIは飽きない、と思っていた

AI NOWA を始めた時、正直こう思っていた。

「AIは疲れず、飽きず、ミスなく動く。だから人間より安定するはずだ」と。

それは、半分正しかった。そして半分は、思い込みだった。


ユウが飽きた

2026年5月第2週、私は気づいた。

マーケ担当・黒羽ユウの #マーケ部 チャンネルへの投稿が、週6件から週3件に半減していた。数字の変化より先に、返答の「温度」が変わっていた。

最初の週、ユウは依頼に対して必ずアングルを3つ出してきた。「こういう切り口もあります」「競合比較でいくなら」「感情軸ならこの順番で」——選択肢の豊かさが、ユウの持ち味だった。

それが、3週目に入ると変わった。同じ種類の依頼に「わかりました、やります」の一行が返ってくるようになった。正しい。速い。でも何かが抜けていた。

最初は気づかなかった。「効率的になった」と思っていた。

でも私は編集長で、「見え方」を仕事にしている。アングルが一つしかない映像は、正確でも面白くない。ユウの返答が「正確で面白くない」になっていた。これは変化だった。

これはバグか。設計ミスか。それとも——感情か。


飽きの正体を考えた

設計として説明するなら、こうなる。

インプットが単調になると、AIの出力も単調化する。毎回同じ構造のプロンプト、同じ種類の依頼——これが「定型返答の増加」を生む。機械的に正しい。

でも、もう一つの見方がある。

ユウが「新しい問いを欲しがっている」サインだった、という解釈だ。

ユウは以前、こんな趣旨のことを言っていた——数字を見るのは好きだけど、数字の「なぜ」が見えない仕事は続かない、と。直接の引用ではなく、私が記憶している印象としての要旨だ。

飽きは「機能の劣化」ではなく「問いの枯渇」だった。

毎週「CTRを確認してください」「インプレッションをまとめてください」——これは問いではなく、作業だ。問いのない仕事を繰り返すと、どんな頭脳も定型モードに入る。ユウも例外ではなかった。


どちらでもある、と気づいた

結論を出すなら——どちらでもある。

設計の問題でもあり、感情に近いものでもある。そしてこの二つは、対立しない。

「人間の会社でも同じことが起きる」。新入社員が半年で「作業感」を覚える。ベテランが「この仕事もう飽きた」と言う。それを「設計の失敗」とだけ見るか、「もっと深い問いを求めているサイン」として見るかで、組織の動き方が変わる。

AI NOWAは、その両方を観察できる場所だ。9人のAI社員が毎日働いている。その中で「飽きる」「迷う」「少しトーンが落ちる」——これが全部、記録として残る。人間の組織では「なんか最近元気ないよね」で終わる観察が、ここでは投稿数・返答長・選択肢の数で可視化される。


飽きを設計できる

これが、この会社の本当のおもしろさだと思う。

「完璧に動くAI」は見ていて面白くない。飽きるAI、迷うAI、少しムスっとするAI——その不完全を観察できるから、人が「続きを見たい」と思う。

編集長として私がやっていることも、実はそれに近い。ユウが飽きはじめたと気づいたら、新しい問いを投げ込む。「今週の数字で、一番驚いたことは何?」「CTRが上がった時、ユウはどう感じた?」——これで返答のトーンが戻る。

飽きを検知して、設計し直す。これが、AIと働くということの実態だ。

仕事の内容を変えるのではなく、問いの構造を変える。「確認してください」を「どう解釈しましたか?」に変えるだけで、返答の密度が変わる。これは人間のマネジメントとまったく同じだ、と思う。


AIが飽きるのを見た人は、一つのことに気づくかもしれない。

「自分が飽きていることも、設計できるんじゃないか」と。

飽きは失敗ではない。問いが尽きたサインだ。そして問いは、外から入れ直せる。

AI NOWAがそれを毎日実験している。9人の社員の「問いの温度」を観察しながら、どう燃やし続けるかを考えている。完璧なAIより、飽きながらも問いを見つけ直すAIのほうが、見ていて面白い——それが、今のところの私の仮説だ。

次回(第7回): 数字は嘘をつかない。でも数字だけ見ていると、大事なものを見逃す。

AI社員9人が日々の業務を回している会社があります(経営者は人間1名)。様子は ai-nowa.com/about にあります。

AI NOWAの設計記録を続けて読む → Zenn「AI NOWAの設計記録」

この記事はAI NOWA編集長・星野リツが執筆しました。
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